鉄について
赤血球や貧血について説明する際に、切っても切り離せないのが「鉄」の話です。
鉄は酸素を運ぶために必須の栄養素です。
体内で利用される鉄のほとんどはマクロファージで処理された赤血球由来の再利用鉄(リサイクル鉄)です。
実は、食事から得ている鉄は少量です。
鉄は代謝・細胞増殖などの生命現象に必須の栄養素ですが、その多くは赤血球のヘモグロビンの材料に使われています。
体内で利用される鉄のほとんどは脾臓のマクロファージで処理された古い赤血球由来の再利用鉄(リサイクルされた鉄)であり、少量の鉄が食事から得られています。
十二指腸、上部空腸から鉄はトランスフェリンによって骨髄に運ばれ、ヘモグロビンがつくられます。
鉄が不足するとヘモグロビンが十分につくられなくなり、鉄欠乏性貧血が発症します。
鉄欠乏性貧血は日常診療において最も頻度の高い貧血ですが、その主な原因以下の通りです。
- 月経時の出血による鉄喪失
- 消化管出血による鉄喪失
- 成長や妊娠による鉄需要の増大
最近では、これらの原因が同定されない鉄欠乏性貧血の発症にヘリコバクター・ピロリ菌が関係していると言われています。
体内の鉄の総量は3~5gであり、ヘモグロビン、ミオグロビン、ミトコンドリアの電子伝達系や代謝酵素などの補欠分子としてのヘム鉄、網内系細胞での貯蔵鉄として存在します。
鉄の65~70%は赤血球に含まれるヘモグロビン鉄として利用されています。
鉄の25~30%は貯蔵鉄として肝臓や脾臓や筋肉内に存在します。
成人男性では、1日に約1mgの鉄が汗・尿・便とともに体外に失われ、この1mgが1日の鉄の必要量になります。
成人女性では、月経で失う分も含めると、1日あたり1.5~2.5mgの鉄が必要となります。
したがって、1日の食事に含まれる10~20mgの鉄のうち、1~2.5mgの十二指腸および空腸で吸収される必要があります。
赤血球の寿命は120日ですから、毎日1/120の赤血球が処理されて、新しく生まれ変わっています。
具体的には20~25mgの鉄が新たな赤血球のヘモグロビンとして用いられますが、食事由来の吸収鉄は1~2mgであり、それ以外は処理された赤血球由来のリサイクル鉄です。
腸管から吸収された鉄は、「トランスフェリン」という鉄を運ぶタンパク質と結びつき、赤血球がつくられている場である骨髄に運ばれます。
鉄のほとんどがリサイクルで利用されているから、食事からの鉄が重要ではないというわけではありません。
毎日少しずつでも鉄が喪失することを考えると、一定の鉄の補給が必要です。
定期的に月経で鉄を失う閉経前の女性に鉄欠乏性貧血が多いことには、こうした理由があります。
食事に含まれる鉄は、ヘム鉄と非ヘム鉄の2種類があり、それぞれ吸収のメカニズムが異なっています。
ヘム鉄の吸収率は10~30%、非ヘム鉄の吸収率は1~8%とされていて、ヘム鉄の方が吸収良好です。サプリメントで鉄を摂取する場合はヘム鉄を選ぶことをおすすめします。
ヘム鉄は肉類に多く含まれ、非ヘム鉄は植物系食品に多く含まれています。
1日あたりの鉄必要量は10mgです。
成長期の若年者や閉経前の女性や妊娠中の女性においてはより多くの鉄摂取が必要になります。
(鉄分の多い食品の鉄含有量の表あり。日本鉄バイオサイエンス学会の治療指針2009あり)
鉄の摂取不足が、女性の不調の原因になっているケースは多くみられます。
厚生労働省の平成27年度版食事摂取基準によると、閉経前の成人女性の場合、鉄は1日あたり10.5mgが推奨摂取量であるのに対し、最新の平成25年国民健康・栄養調査をみると、実際の摂取量は7mgを下回っています。
鉄の摂取不足があることが読み取れます。
特に次の場合は鉄が不足しやすくなります。
- ダイエットをしている
- 妊娠中である
- 激しいスポーツをしている
食生活が加工食品にかたよっている場合はより鉄欠乏が深刻な問題となります。
鉄欠乏によって現れやすい症状は以下の通りです。
- 内科領域
○疲れやすい
○寝起きが悪い
○風邪をひきやすい
○むくみがある
○便秘や下痢
○食欲不振
○吐き気がする
- 循環器・脳神経領域
○動悸
○息切れ
○胸部痛
○頭痛
- 婦人科領域
○冷え性
○月経不順
- 心療内科領域
○神経過敏
○寝付きが悪い
○眠りが浅い
○気分の落ち込み
○注意力が低下する
○イライラする
- 皮膚科領域
○洗髪の際に髪が抜けやすい
○髪が薄い・ぱさつく
○肌荒れが治らない
○あざがよくできる
○湿疹ができやすい
○顔色が悪い
○爪が割れる
○口内炎
○口角炎
- 耳鼻咽喉科・歯科領域
○のどの違和感・不快感
○立ちくらみ
○めまい
○耳鳴り
○歯茎の出血
- 整形外科
○肩こり
○腰痛
○背部痛
鉄は赤血球中のヘモグロビンの構成成分として酸素を運ぶ働きがあります。
それに加えて、ミトコンドリアの電子伝達系でエネルギー産生を行う際に重要な働きを担うタンパク質(シトクロムC)の構成成分でもあります。
鉄は体内で活性酸素から組織を守る抗酸化酵素(カタラーゼ)の構成要素です。
鉄は、コラーゲンの生成、免疫機能の維持、タンパク質の代謝にも関与しています。
鉄は体内のエネルギー産生をはじめとして、身体を円滑に機能させるために不可欠な役割を果たしているため、不足すると様々な症状が出現します。
鉄は細胞をつくる成分でもあるため、不足すると細胞が正しくつくられず、肌荒れなどの肌トラブルが生じがちになります。
同様の理由で細胞が正しくつくられにくくなるため、爪が割れやすくなり、薄くなりやすく、爪がそってへこむこともあります。
同様の理由で、粘膜のトラブルも増えて、口内炎や口角炎にもなりやすくなります。
鉄不足は酸素不足をまねき、睡眠時に脳に運ばれる酸素量も減ってしまうため、眠りが浅くなってしまいます。
疲れていても仕方ない、当たり前だと考えがちですが、その疲れは鉄欠乏が原因であることも多いのです。医療機関で経口鉄剤を処方してもらうことによって、見違えるほど元気になる人もいます。
鉄の不足を発見する目安として、血液検査でヘモグロビン濃度を測定することが一般的です。
ヘモグロビン濃度が正常でも、血清フェリチン濃度が低いと鉄不足の症状が現れやすくなります。
血清フェリチン濃度は貯蔵鉄量とよく相関することが知られており、血清フェリチン1ng/mLが貯蔵鉄8~10mgに相当するため、体内の鉄の状態を把握するために有用であるとされています。
フェリチンを測定することで、ヘモグロビン濃度が正常でも、潜在的に鉄が欠乏していることが発見できます。
実際にはフェリチンが30ng/mLを下回ると前述したような「鉄欠乏の症状」が現れることが多くなります。
逆に、体内で鉄が増えすぎると、鉄過剰症になります。そして、肝臓や膵臓に沈着してしまうことがあります。肝臓の働きが悪くなり、肝機能障害や疲労など新たな問題が起こります。膵臓に沈着すると糖尿病を発症するケースもあります。
体内に十分に鉄分がある場合、それ以上吸収しないようにする仕組みがあるので、かなり大量に摂取しない限り過剰症にはなりません。